クリスチャン活動レポート

衆議院議員土肥隆一のクリスチャンとしての活動紹介レポート
by doiryuu3
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クリスチャン議員 土肥隆一衆議院議員(民主党)に聞く


「日本の政治の今、これから」
第3回 靖国神社参拝問題(2)-日本人の死生観に対抗するためには


A(土肥隆一) A級戦犯でも戦後、大臣になった人までいます。
東條英機内閣の外務大臣だった重光葵はマッカーサーの前で「負けた」と
頭を下げた人です。なのに、勲一等をもらっています。
また、開戦時の大蔵大臣だった賀屋興宣は戦後A級戦犯として
極東国際軍事裁判で終身刑になりましたが、釈放後、衆議院議員選挙に5回当選し、
自由民主党の政治家となり、池田内閣の法務大臣を務めました。
そうした流れの中での靖国神社参拝です。

こうした状況に抵抗しようと思ったら、一神教しかないかもしれません。
例えば、一神教であるユダヤ教はキリスト教を絶対に認めないでしょう。
神自らの独自性がキリストの受肉によって破れることは絶対に受け入れられないわけです。
神が身を裂かれるようなことは認めないのです。
イスラム教も同じく一神教ですが、マホメッド(ムハンマド)が
教典コーラン(クルアーン)を書きました。マホメッドは預言者であって、
神の子ではありませんから、キリスト教とは大いに異なります。

神社神道はある種、自然宗教的つまり「神論」を持たない形式だけの宗教ですが、
仲保者(神と人との仲介者、イエス・キリスト)がいません。
あらゆる宗教つまり一神教、
自然宗教、汎神論(はんしんろん)的世界に抵抗できるとすれば、
一神教でありながらイエス・キリストを頂くキリスト教をおいてほかにないと思います。
日本の宗教世界は、天皇家宗教、仏教、神道(教派神道を含む)、
そのバリエーションで成り立っているのです。その中から靖国神社を生み出したのです。
天皇家も神道儀式をしています。皇居でなされている姿は神道の神官と同じです。
皇居型神道儀式を行うのです。そこには天皇家以外だれも信者はいません。
天皇家の葬儀でも結婚式でも、独自の様式を生みます。
天皇の即位、就任式は神との会食・最初の新嘗祭
(にいなめさい、しんじょうさいとも読む)が深夜行われ、
天照大神から認知されることになります。葬送の儀もまた同様です。
天皇は皇室祭儀の大祭司であり、唯一の神の継承者というわけです。

こうした日本人独特の生き方をしている日本民族について、
朝日新聞の記者だった本多勝一さんも指摘していました。
つまり日本は最も分かりにくい国です。
だから韓国人にも中国人にもそして日本人自らも、日本人が分からないのです。
日本では、A級戦犯もB級戦犯も死んだら「神さま」になってしまいます。
A級戦犯で死刑になった東条さんのお孫さんがしきりに言っています。
「死んで神になったのだからいじめないで。いいおじいちゃんだったのです。
いじり回すようなことはやめてください」と。
日本人だったら「そうね」と思ってしまうでしょう。だから難しい課題なのです。

靖国神社からA級戦犯の名簿がなくなれば、中国も韓国も気がすむのか、
という議論もあります。
また、無宗教の国立戦没慰霊施設を持ちたいという動きもあります。
無宗教でありつつ慰霊の場にする方法があるのか。
私はこれで靖国神社の問題を回避しようというなら一層賛成できません。
仮に無宗教の国立戦没慰霊施設を造っても、小泉さんは第2慰霊場に行ったその足で、
本旨靖国神社にも参拝に行くはずです。

既に、千鳥ヶ淵(東京都千代田区)には戦没者慰霊碑があります。
ここは無名戦士の遺骨が納められたところです。
無名とは誰のものか分からないということです。
施設の規模が小さく、全部埋葬できないので、
回りにコンクリート製の穴を掘って埋めているそうです。
ところが、訪れる人の中には芝生で覆われているので、
上で寝転がって遊んでいる人がいたりして、
最近、人が立ち入らないように囲いがされました。
遺骨、先祖崇拝、慰霊等々もろもろの宗教観念を日本人は持っているわけです。

私の教会は兵庫県の北部にあるのですが、そこでは地元の宗教事情、
宗教的行事にある種根強い感情を持ち続けています。
田舎では自己主張はしないのです。
「自分の宗教は押しつけないで、しまっておきなさい。人は人だから」という意識ですね。
また、田舎の人にとっては、創価学会などの新宗教であってもこう言います。
「われわれの宗教は生きている限りの、この世の宗教だから、
その信者が亡くなったら地元のお寺に行きなさい」と。
キリスト教も「この世の宗教、生きているかぎりの宗教。亡くなったらお寺で」と
いうことになれば、拡大できるのでしょうか。
こうした日本人の死生観が、靖国神社を参拝することにつながっているのです。(続く)

み声新聞2005年12月4日号(第340号)掲載
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by doiryuu3 | 2005-12-05 15:17
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