クリスチャン活動レポート

衆議院議員土肥隆一のクリスチャンとしての活動紹介レポート
by doiryuu3
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迫り来る「希望格差社会」―どんな社会を目指すのか②       土肥隆一

■これからの社会に必要なことは?
人間には必ず、「平等な機会」が与えられるべきです。
例えば、今の教育は本当に平等な教育と呼べるものになっているでしょうか。
経済的な理由などで、スタートラインから区別されてはなりませんし、
仮に乗り遅れても、再挑戦が可能な社会制度でなければなりません。
社会保障制度は、援助を必要とする人への国民全体の「愛と思いやり」のしるしです。
これからの政策は、個人の努力、意欲をさまざまな場面で支援する
社会メニューを、重層的に備えることが必要だと思います。
家庭においても、親だけに責任を押し付けるのでなく、
夫婦、親子の関係を学ぶ機会や、
学習、勉強とは何かを考えさせる機会などを提供すべきです。
子どもを塾に追いやって安心している親の問題もあります。
テレビやゲームなどによる弊害を除く指導や、
就職に当たっての指導や支援、自分の感情や動揺をコントロールするための
訓練や教育方法など、
適切なカウンセリング体制をつくっておくことが必要です。
つまり「個人対応の公的支援」といったものです。
そこで、これは一つの提案ですが、
こうした費用を年金から支給してはどうでしょう。
つまり、退職後の年金の中から教育上必要なものは前もって引き出して使うのです。
老後にまとまった額をもらうより、子どもの教育にもっと費用をかけるべきです。
自分たちの年金が減額されるわけですから、
より充実した目的の下に使われることでしょう。

■キリスト者はどう生きていったらよいか
それでは、こうした時代にキリスト者はどのように考え、生きていったらよいでしょうか。
「『…あなたがたが尋ね求めている主が、突然、その神殿に来る。
あなたがたが望んでいる契約の使者が、見よ、来ている』と万軍の主は仰せられる」
(マラ3:1)
旧約聖書の最後の書がマラキ書です。
当時イスラエルの民は、バビロン捕囚から解放され、
故郷エルサレムに帰って、数十年がたっていました。
神殿も建ち、日常生活は安定を取り戻していました。
しかし、信仰はゆるみ、生活は乱れ、神の存在がわからなくなり、
ついに神に反逆していたのです。
これはまさに、現代のわれわれの姿そのものではないでしょうか。
日本は世界第2位の経済大国となり、世界最高水準の生活を謳歌してきたのです。
しかし頂点を極めると、後は後退が待っています。今、日本は後ずさりし始めたのです。
前向きの生き方をしなければならないのですが、新しい未来の道筋がわからずにいます。
実はだれも見いだしていないし、できないのです。
本来、政治は、国の未来像を指し示し、国民に希望を与える役割を担っています。
しかし正直に言えば、日本の政治家は、
ただ国家や世界情勢の継続と安定をひたすら願って、
目先の課題に取り組んでいるだけだと言っても過言ではないのです。

■「国民力」を育てよう!
では国民はどうしたらよいのでしょうか。
最後は「国民力」(国民一人一人の人間としての実力)がどこまで発揮されるかに
かかっています。
教会は人間としての「総合力」を養成し、社会に送り出していく機関であり、
そのような役割がゆだねられているところです。
教会は、人間や社会を透徹した目で見抜き、あらゆる問題を克服する力を育てるところです。
このような働きを積極的に行っていく中で、「突然の主の来訪」を迎える準備が進められ、
教会の使命、クリスチャンの責任が果たされていくのです。主は必ず来たりたまうのです。(了)

月刊ディボーション誌『幸いな人』(小牧者出版)2006年6月号掲載
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by doiryuu3 | 2006-05-26 09:28
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