クリスチャン活動レポート

衆議院議員土肥隆一のクリスチャンとしての活動紹介レポート
by doiryuu3
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クリスチャン議員 土肥隆一衆議院議員(民主党)に聞く

日本の政治の今、これから
第8回(最終回) 国会でのクリスチャンとしての活動(5)
ー日本の政治風土と有権者を憂う


日本の政治風土と有権者を憂う

Q、今回、郵政民営化に関連して、処分を受けた議員がいましたが、
どう思われますか?

A、自由民主党の中での約束である党則というのは厳しいですね。
これは一般的法律とか、そういったものではありません。
それなのに結果的に自殺者まで出しています。
あらためて、党が持つ規則がこんなに効果があるのかと思わされます。
代表である総裁がそんなに権限を持っているのか、と。
私だったら、すぐに辞めます。あほらしい。
これからの日本の動きは国民が決めることではありますから、
議会制民主主義でも独裁的人物が登場するのです。
小泉さんの事をそんなに心配する必要はありません。首相には任期がありますから。
むしろ、国民の方を心配する必要があります。
小泉首相のような人を生み出す政治風土と有権者の方が心配です。

教会は何のために証しをするのでしょうか。
国民のために証しをするわけでしょう。小泉さんに不平を言ってもだめです。
教会は足元の市民・国民に向かってどのように発言するかです。
小泉首相はこの世のものに捕らわれてしまっている。
靖国神社に捕らわれている人です。
戦没者の亡霊が周りを動き回っていて、
いつ自分の所に仕返しにくるか分からないというような気持ちなのでしょう。
だから靖国神社に行かないと落ち着かないのです。
そんなやわな精神しか持っていないの、と言いたいですね。
その背後、靖国神社の背後にはもちろん遺族会があるし、
まだたくさん遺族年金もらっている人がいます。そういう人が票を持っています。
遺族会に属する議員連盟もあります。
そういうものも見ながら、国民の動向、中国や韓国の動向も見ながら、
小泉さんは靖国神社に行くわけです。
子どもが幼稚園に通うようなものではありません。
全部を計算して、その上で靖国神社に行っているのです。

政治家と家族

ところで、家内が東京に出てきていて、
これから会いますが、奥さんを怒らせてはいけませんよ。
これは政治家として大事なことです。
政治家になって「苦労」したのは妻ですね(笑い)。
お辞儀をするにしても、妻が何しろ深々とするものですから、
私は彼女が前につんのめるのではないかと心配するのです。
また、若い立候補者の奥さんが妊娠中に選挙になった時のことです。
誰も妊娠中とは分かりません。頭を低くしてあいさつできない。
するとあの奥さんは頭が高いというのです。
あと、冠婚葬祭はすべて妻に任せています。

今回、民主党候補として比例代表で入ったからよかったけれど、
小選挙区で落選したことで、お互いにずいぶん落胆しましたね。
そういう人は多いと思います。
今、落選した議員で政治活動を経済的にもやっていられないと
辞めてしまった人もいるくらいです。(了)

み声新聞2006年1月22日号(第346号)掲載
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by doiryuu3 | 2006-01-16 11:17

クリスチャン議員 土肥隆一衆議院議員(民主党)に聞く

日本の政治の今、これから
第7回 国会でのクリスチャンとしての活動(4)ー政治の世界とクリスチャン


土肥隆一 韓国はキリスト教国家と言っていいでしょう。
クリスチャン人口が国民の30%、それも極めて活発な国です。
こんな国はほかにありません。日本から見ると、行き過ぎているようにも思えます。
なにしろ国会の中に礼拝堂がありますし、私もしばしばそこでお祈りをします。

議員には仏教徒もいます。でも、仏教的なものは置いてありません。
いろいろな教派の牧師が集まりますが、大統領の肩に手を置いて祈ります。
これは自分の方が上ということになります。
これは教会と国家の関係の歴史において大問題となります。
宗教に権威があるのか、政治に権威があるのか、これは政治が譲れないところだからです。
「土肥議員を祝福してください」と頭に手を置いて祈ってくださるのは、
個人としてはありがたいことでありますが。

テモテの時代におけるクリスチャンと政治との関係は、
十分検討しなければなりません。
天皇はどうするのか、政治家はどうするのか、祈りの持つ意味合いは単純ではないので…。
「それは、私たちが敬虔に、また、威厳をもって、平安で静かな一生を過ごすためです」と
テモテへの手紙第一2章2節にありますが、
落ち着いた生活を送るために、政治はこうした中でどう祈ったらよいのか。

これは政治家が個人的な信仰と品位・品格をもって生きることが求められます。
「平安で静かな生活」はよほど政治が安定していないとできません。
政治は、平和で、生活苦がなく、安定した生活の中で真実な生活を送れるためにあるのです。
世の中はあまり騒々しくないほうが良い。
従って、王や高官がそういった政治をすることができるように祈るわけですね。

クリスチャンが多ければうまくいくとは限らないでしょう。
政治の世界はもっと闘争的です。ものすごい権力争いが現に起こっているのです。
政治はあらゆる紛争を平和的手段でやろうとすることだと言っていいでしょう。
イラクなどのように自爆テロなどをせず、民主的に法律に基づいて、
おおっぴらにけんかするところです。武器を用いずに…。

野党・民主党の議員として、やがて権力の座に着くこと、つまり政権交代を目指しています。
民主党の理想とする政策を実現するにはこれしかありません。
しかし、政治と宗教、日本の営み、国のかたち、教育と信仰(宗教)など、
考えなければならないことがいっぱいあります。
そうすると、私は日々、ため息をついています。
「この国を神さまどうしたらよいのですか、これ以上私にやれと言うのですか」と。
政治家はそういった重圧の下で生きている者です。
そういう絶望の中から立ち上がるのです。

金大中(キムデジュン)氏が韓国大統領だった時、
私が「韓国の議員に牧師が増えたらよいのではないですか」と聞きますと、
「さあ、それはどうでしょうか…」と言っていました。
「政治家もいろいろいるし、牧師もいろいろいますからね」と。
韓国では110人以上もクリスチャン議員がいながら、
国会ではつかみかかるような激しく対立する場面もあります。
しかし、一方で良き執事、役員でないと議員に選ばれないとのことです。
政治家で大切なことはスタンドポジション、基本なる姿勢ですね。
これを見失ってはだめです。それに従って自分を保つことです。
これが一番大事なことです。(続く)

み声新聞2006年1月8・15日合併号(第345号)掲載
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by doiryuu3 | 2006-01-05 10:23